心得4「どんなリスク情報が信頼できるか」

 あなたがある健康問題か環境問題に関心を抱き、複数の組織から資料を取り寄せたとします。 話題になっているようなたいていの問題については、行政や市民グループ、業界団体、大学の研究者、 などが入り乱れて様々な主張を行っていることがすぐにわかるでしょう。 それぞれに"科学的"なリスク評価をうたっており、データ分析の結果に基づいて筋の通った主張をしているように見えます。 けれども、結論は推進側と反対側とが真っ向から対立している、ということがよくあります。いったい、どの主張を信頼すればいいのでしょう。

 最初にいえるのは、リスク推定値が違っていたり、安全・危険の解釈が違っているからといって、 どちらかが意図的に嘘をついているとはいえない、ということです。 極少量だけれども広範囲の人々が摂取している化学物質のリスクや 巨大プラントの事故リスクなどはリスク推定に幅があるということは先に述べましたが、 現在のリスク分析の精度はそんなものなのです。つまり、科学的な調査ではっきりとシロ・クロつけられないことが多く、 多くはグレーゾーンにあるからこそ、リスクを負いベネフィットを享受する一般市民の関わりが求められるといえるのです。



 そういったわけですから、入り乱れている主張にシロ・クロをつけるのも簡単ではありません。 それでも、あなたが目にするひとつひとつの主張がどれくらい確かなものかを判断するための基準はあります。

これらを確認しながら、あなたにとって必要な情報を上手に利用しましょう。

1. 程度で調べる姿勢があるか(定量的なリスクアセスメント);

 リスクがあるから反対、ゼロリスクならOKという姿勢は問題があります。 どの程度のリスクで、それはわれわれを取り巻く様々なリスクと比べてどれくらい大きさが違うのか、 あるいは、どのように性質が違うのかを論じて、リスクの受容・拒否を判断しようとしているかが信頼性の判定基準になります。 同様に、実験や疫学調査で検出されていないから安全という結論の導き方にも問題があります。 実現可能な実験や調査で検出しきれない程度のリスクまで突き止めようとするのがリスク推定だからです。 直接目に見えないからないことにしようというのは決して科学的な姿勢ではありません。



2. リスクの大きさを比較するとき、条件をそろえて表現しているか;

 複数のリスクの大きさを表現するときに分母が違っていたり、リスクの大きさを計算するときの期間がずれていることはありませんか。 そういった場合、表面的な数字の大きさであなたを誘導しようとしているのかもしれません。



3. リスク間のトレードオフに言及しているか;

 たいていの場合、視野を広げるとあるリスク削減は別のリスク増大をもたらすということにあります。 あるリスクの低減策が、それによって生じる別のリスクの増大よりも社会全体のリスクを低下させるかどうか、 という見方がされているか信頼性の判断基準になります。 もし、リスク間のトレードオフを考慮していないとすれば、その論者がそれだけの見識を持っていないか、 わざと見過ごしているわけで、いずれの場合も信頼できません。



4. リスク・ベネフィット間のトレードオフに言及しているか;

 リスク削減にはコストがかかります。このことを無視してリスク対策は実施できません。 あるリスク対策である程度のリスク削減をもたらすことができても、膨大なコストがかかるようであれば、 その予算を別のリスク削減策に向ければもっと多くの人を助けることができるかもしれません。 リスク・ベネフィットを考えるというのは人の命や安全を金に換算する冷血な行為との印象を受けるかもしれませんが、 じつは、同じ資源でひとりでも多くの命と安全を確保しようとする営みです。 そういう意味でベネフィットやコストを考えない主張というのは部分的にしかリスク問題をとらえておらず、人命軽視にもつながるのです。



5. 賛成・反対の根拠になるデータに再現性はあるか;

 ある科学技術のもたらすリスクの判断の元になる実験ないしは調査データがどれくらい繰り返し確認されているか、 も信頼性の判断基準になります。再現性が高いというのは、 a.別の時に調べても前回と同様な結果が得られる、  b.別の場所で調べても同じような結果が得られる、 c.別の研究者が調べても同じような結果が得られる、といったようなことです。

 同様に、リスクがあること、あるいは、ないことを示唆する観察事例がひとつだけより、複数あった方がよいし、 その観察はしっかりとした手続きの下で繰り返し行われることが望ましいのです。



6. データからいえることの限界を示した上で、解釈を行っているか;

 事例調査にしろ、動物実験にしろ、その結果から環境問題や健康問題についていえることにはいろいろな制約があります。 極端にいえば、個々の研究は特定条件下でのリスクの高低を述べることができるだけで、 私たちの生活環境内でのリスクや実際の自然環境のリスクについては多くの前提をおいて推察するしかありません。 そういった限界を明示した上でリスクの大きさについて判断しようとしているのか、 それとも観察データを無制限に一般化してリスク受容や拒否を論じているかには、大きな違いがあります。 当然、前提やそれにともなう限界を明示した上で、どこまでが事実でどこからが推定なのかをわかる形で 主張する方が科学者の姿勢としては信頼できるでしょう。




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