ヒューリスティックスから生じる認知のバイアス

 私たちは、無意識のうちに少ない情報で判断しようとして、「単純化のための戦略」あるいは「経験則」を多用しています。 この傾向から生じるバイアスとして主なものが3つあります。



記憶や想像のしやすさによるバイアス(利用可能性ヒューリスティックス)

 人は、ある事例を思い浮かべやすければ、起こりやすいと判断しやすい傾向があります。 一般に、よく起こる事例は、起こりにくい事例よりも記憶しやすく、思い浮かべやすいようです。 しかし、記憶や想像のしやすさは様々な要因に影響を受けます。 例えば、航空機事故はめったに起こりませんが、起きると多くの死傷者が出てマスコミの報道量が多いため、記憶に残りやすくなります。 自動車事故は確率の高いものですが、大きな事故以外は報道されないこともあって、日常生活であまり意識されなくなっています。 従って、一般的に航空機の方を怖いと思う人の方が多いでしょう。しかし、客観的なリスク比較では、自動車事故の方が航空機事故よりはるかにリスクが高いのです。



類似性への注目によるバイアス(代表性ヒューリスティックス)

 私たちは、あらゆる出来事を知ることも記憶することもできません。限られた情報を用いて全体を判断しようとします。 ある事例が類似の事例を代表していると思うほど、'よくあること'と考え、起こりやすいと感じてしまいます。

 経験から、私たちは異常なことや極端なことは起こりにくいことを知っているため、平均的な状況になるだろうと期待します(平均への回帰)。 ところが、それほど極端ではないことについては、平均に戻る傾向を無視して、そのまま継続するのではないかと考えてしまいます。 つまり、ばらつき(分布)を過小評価する傾向があります。

 異常なことや極端なことは起こりにくいという知識は、統計的に有効とはいえない限られた数の事例に対しても、 ランダムに起こると期待しやすい傾向を生み出しています。

 また、私たちは、2つ以上の事柄が関連して起きるものについて、あまり正確に判断することができません。 客観的な確率では、「ある事柄Aが起きた結果、次の事柄Bが起きる」確率は、Aが起こる確率とBが起こる確率をかけて算出されます。 しかし、私たちは、Aが起こる確率(事前確率)を無視して、AからBが起こりやすいかどうかに目を向けて、Bの起こる確率によって判断する傾向があります。

 例えば、私たちはよく風邪をひきますが、それで死んだということは滅多に聞きません。 このため、「風邪で死ぬ」ということはあまりもっともらしいことは思いません。本来は「風邪に罹る」確率(とても高い)と 「その風邪が致死的なものである」確率(かなり小さい)をかけて考えるべきですが、「風邪に罹る」確率の高さを無視して、 「風邪で死亡する」確率を低いと感じてしまいます。逆に、AIDSや狂牛病、かつての癌のように、死に至る病気であると認識されている場合、 「病気に罹る」確率(非常に小さい)を無視して、「その病気で死亡する」確率は高いと感じてしまいます。 このように、2つ以上の事柄に関連性が高くても低くても場合、事前確率を無視するため、客観的な確率と私たちのリスク認知にはずれが出てきてしまいます。



初期情報に囚われやすいことによるバイアス(係留と調整のヒューリスティックス)

 私たちは、最初に与えられた情報や直観的に判断した内容を手がかり(アンカー)にして、 新しい情報を加えながら調整を行い、判断しています。 ところが、船が係留地点からそれほど遠くまで動けないのと同じように、調整は一般的に不十分で、初期の情報や考えにとらわれる傾向があります。

 一方、最初はよく知っている問題についてたずねられ、徐々に知識のない難しい問題が質問されると、 自分の回答の正しさ、つまり判断について自信過剰になる傾向があります。 最初の問題よりも知識が少なくなっているにも関わらず、初期の判断を正しくできたという自信に影響を受けてしまうと考えられます。

 調整のための情報の探し方にもこのバイアスは影響を与え,次のような傾向を生じやすくなります。



確証バイアスもしくは確証の罠

 人は、自分が本当だと思っていることを確かめるための情報は探しますが、反証となるような証拠を無視したり、 探す努力を怠ったりします。このため、最初の判断を補強する情報だけで調整が行われ、自分の判断は「間違っていない」と思い込んでしまいます。

後知恵と知識の呪い

 最初にこんなことが起きるのではないかと考えていた出来事が、実際に起こった後では、自分がいかに正しく予測していたかに対する自信が強まります。

 他人の行動を予測する場合、自分がもっている知識を手がかりにして判断しやすい傾向もあります。 しかし、この知識を他人がもっていない場合、この予測は事実とはかなり異なったものになる可能性があります。




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