Kanawha渓谷における環境健康リスクの
コミュニケーション



 この例は,米国環境保護庁の資金を得て,国立科学研究所が行った研究プロジェクトです。 健康影響の研究を行うとともに,情報を一般大衆に広め,意思決定にとって協力的な雰囲気を創り出すための 手段を探求することを目的としていました。現実問題についてリスク・アセスメントやリスク・コミュニケーションの進め方の参考例です。





プロジェクトの概要
(問題の背景,事前評価,健康影響調査,プロジェクトの目的と戦略)

<問題の背景>

 殺虫剤などの化学工場を有するユニオンカーバイド社は,米国ウェストバージニア州にウェストバージニア研究所をもっていました。 1985年,この研究所の農薬工場からメチルイソシアネートが漏出し,従業員とKanawha渓谷周辺の住民が被害を受けました。

 同年,ウェストバージニア州チャールストンに,国立化学研究所が設立されました。 1986年,米国環境保護庁の資金と国立化学研究所の援助を受けて,Kanawha渓谷健康研究が開始されました。 国立化学研究所は,これらの研究から得られる情報をより効果的に一般大衆に広め,意思決定にとって 協力的な雰囲気を創り出すための手段を探求することを目的としたリスク・コミュニケーション研究プロジェクトを実施することにしました。


<事前評価>

 最初に,人々の懸念と科学的な問題点について調査と検討が行われました。 また,何をどう効果的に研究できるかという検討もされました。これらの検討を踏まえて,健康影響研究は, 揮発性有機化合物が子どもの呼吸器系疾病に及ぼす影響に焦点をあてることが決定されました。 同時に,多くの人々が化学物質によるがんの発生を懸念していたことから,がん患者の登録システムを確立する努力が始められました。

<健康影響研究>

 健康影響研究は,次の3段階で行われています。

フェーズT 渓谷における大気の性質と健康懸念に関する基礎データのアセスメント

  • 暴露を特定し,潜在的な健康リスクを明確にするために,19種の揮発性有機化合物,粒子,オゾン,金属,および酸性エアロゾルのモニタリング
  • 地方および全国からの研究者を集めて,研究の選択肢を探索し,実験の設計に関して助言し,進捗状況と発見された事柄をレビューするためのワークショップの実施

フェーズU 子どもたちに見られる慢性および急性の呼吸器系の症状と刺激効果のアセスメント

  • 小学生の年齢の子どもたちのグループに見られる呼吸器系その他の症状および選択した揮発性有機化合物の大気中濃度のモニタリングに関する全国調査
  • 他の米国地域社会での学校での症状の平均発生率と大気汚染レベルとの比較

フェーズV 子どもたちの日常的な症状の検査

  • 4つの地域社会での日常的な呼吸器系症状と酸性エアロゾル,花粉,および選択した揮発性有機化合物への暴露の調査
  • 肺機能の計量を用いる肺機能発達状態の限定された調査

<プロジェクトの目的と戦略>

 リスク・コミュニケーション・プロジェクトの目的は次のとおりです。

● 感情的でなく,脅威を与えない言葉で,健康影響研究の結果を伝えるプログラムの設計
● コミュニケーションを促進し信頼を生み出すための仲介者として,地域社会の中に存在する「信頼されている情報源(コミュニケーター)」の養成
● 地域住民の科学的技術的知識や判断能力の向上
● 産業界,政府,大衆の間での協力的な意思決定の促進
● 健康の懸念に応えるために,患者と医師のコミュニケーションの促進

 リスク・コミュニケーション・プロジェクトの設計では,コミュニケーションの過程で人々からの信頼を獲得し, いろいろな利害関係者の間での対話を奨励して,環境リスクを低減するように導く雰囲気を創り出すという戦略が採用されました。

(プロジェクトの協力者たち)健康に関する研究には,公衆健康に関するハーバードスクール, マーシャル大学,ニューメキシコ大学の研究者たちが協力しました。



リスク・コミュニケーションの進め方

 健康と環境に関するコミュニケーションというものは継続的な活動でなければなりません。 特に,信頼を醸成することを目的とするなら継続的な活動は不可欠です。 また,人々の行動に何らかの変化を与えるという点でも継続性が必要ですし, 人々がリスク・マネジメントに参画し影響を及ぼすことができるようにすることも考えなければなりません。 Kanawha警告のプロジェクトでは,次のような3段階でリスク・コミュニケーションの努力が重ねられました。

フェーズ1 人々の懸念や知識の調査とプロジェクトの公表

  • Kanawha渓谷における化学リスクと健康影響について,人々が何に気づいているか,人々がどのような知識をもっているかという基礎調査が1990年ピッツバーグ大学によって実施された。
  • メディアを通じて,健康調査の対象とがん登録システムの開始を発表した。

フェーズ2 コミュニケーターの育成とコミュニケーションの実施

  • 国立化学研究所は,信頼される仲介者として地域の集会などで技術的な結果を報告する人(地域の仲間であり身近な情報伝達者)を選んだ。
  • ピッツバーグ大学は,地域内の情報伝達者として選ばれた人々に,4回の継続的なワークショップによる一般的なコミュニケーションの訓練を行った。
  • 地域内の情報伝達者は,技術報告書を与えられ,集会で読み上げた。
  • 新聞発表以外には,コミュニケーションの援助や支援材料は用意しなかった。
  • 地域内の情報伝達者が話をする地域集会を継続的に開催した。

フェーズ3 コミュニケーションの評価と改善:特に技術的な結果のメッセージ作成を重視

  • フェーズ2のコミュニケーション努力の結果を評価し,フェーズ3のコミュニケーション戦略が練られた。フェーズ3では,大衆の十分な関与と公開を確実なものにするために再調査のプロセスを加えた。報告書は,科学者によるピアレビュー前に公開された。
  • 健康調査の研究者とリスク・コミュニケーションの専門家が協同して,素人向けを意識し,研究成果をまとめた資料とその他の資料を作成した。この中には,主たるメッセージとともに,報告書が何を述べ,何を述べていないかという説明も含められた。
  • 国立化学研究所は,地域内の情報伝達者を選抜(ほとんどはフェーズ2でも活動)し,地域集会を行った。
  • 研究者たちは,コミュニケーションの訓練を受け,地域集会に参加した。地域集会を進行するファシリテーターも訓練を受けた。研究者,ファシリテーター,コミュニケーションの専門家が参加者の懸念に答えることを主眼とする厳しい質問を用意し,数回の予行演習を行った。
  • 研究者からの主要なメッセージを使って,録音向け報告とメディアに対する見出しを作成した。


プロジェクトの評価(評価の方法,評価結果と改善案)

 Kanawha渓谷プロジェクトでは,フェーズ2のコミュニケーション活動の結果を評価し, フェーズ3での改善に結び付けています。また,フェーズ3の活動成果についても評価が行われました。

<評価の方法>

評価の視点
  • ハーバードの(Kanawha渓谷)健康調査についての認知度
  • ハーバード健康調査結果の記憶
  • 国立化学研究所の他の活動についての認知度
  • 情報に対するニーズと好み
  • 渓谷の環境に関する一般的な意見
  • 環境に関して選ばれた他の問題
手法:フォーカスグループと電話調査

 グループインタビュー調査の一種であるフォーカスグループという手法が用いられました。 6つの異なる特性をもつグループの人々が調査対象となりました。 6つのグループとは,産業界の代表,環境活動家,一般大衆(無作為抽出),調査に参加した子どもの親, フェーズVの地域集会に参加した人々,医師のグループです。この中には,地域社会のリーダーとメディアの専門家も含まれていました。 フォーカスグループの結果の確認と追加の質問をするために,渓谷の内外から任意に選んだ350人に対する電話調査も実施されました。 主な結果は以下のとおりです。

Kanawha渓谷リスク・コミュニケーション・プロジェクトの結果
  • Kanawha渓谷の人々は,産業界に源をもつ潜在的な健康影響に関して懸念している。
  • 大衆の一般的な認識は,化学会社は健康リスクをもたらすというものである。最大の懸念はがんのリスクにある。
  • 渓谷の住民は,健康調査の結果について限られたことしか知らない。
  • 健康調査を知っていた人の多くは,適切なメッセージを受けていたが,誤った情報を知らされていた人も多かった。
  • 健康調査を知っていることは,症状の原因を環境に帰することに影響しなかった。
  • 一般大衆は,もしさらなる環境改善が要求されると失業するおそれがあると感じているが,産業界の操業が安全であるという各章も求めている。

<評価結果と改善案>

結果1:低いプロジェクトの認知度

 ハーバードの健康調査の認知度は,フェーズ1で行われた90年調査とフェーズ2の後で行われた93年の フォローアップ調査で大差はありませんでした。どちらの調査結果も,健康調査のことを知っていたのは約3分の1でした。 国立化学研究所のことを知っていたのは40%程度,渓谷における毒性物質の排出に関連した他の活動については30%以下の認知度でした。

 環境毒性物質と有害な健康影響との関連を調べる研究結果が,社会に懸念を生むのではないかと主張する人がいます。 しかし,Kanawha渓谷の調査結果では,研究に関わったり,研究を知っているからといって懸念が生まれるとはいえませんでした。 むしろ,健康調査を知っていた人々は,「公害が過去5年間で減ってきており,化学会社が情報を共有するための努力を増大している」 ことを,知らなかった人々よりも信じていました。これらの結果は,より多くの情報を受け, かつ関連を持つ人は実施されたポジティブなステップを認めるということを示唆しています。

結果2:健康調査結果の記憶に示されたメッセージの問題点

 90年10月,最初の健康調査の結果が発表されましたが,そのメッセージは一般の人々にとってわかりやすいものではありませんでした。 明確で首尾一貫したメッセージが伝えられなかったことの影響を調べるために,調査では,健康調査を知っていたと答えた123人に, 記憶している健康調査の内容を5つの選択肢の中から選んで答えてもらっています。結果は,健康調査について聞いていた回答者の 約3分の1は調査の結果を正しく記憶し,残り3分の2の人は,正しくない結果を選んだか,結果を知らないと答えた,というものでした。 もっとも多く選ばれた'正しくない'結果は,「調査ががんのリスクが増加することを示した」というものでした。

結果3:がんリスクへの懸念

 がんのリスクに関する圧倒的な懸念は,Kanawha渓谷の一般の住民に対するフォーカスグループ調査においてもはっきりしていました。 医師のグループでは,「患者たちは,環境汚染ががん以外に引き起こす影響やがんの原因として個人のライフスタイルがあることを 割り引いて考えている」という発言がありました。93年の調査では,健康調査の結果についてもっとも多かった誤解は, 「化学会社からの汚染が渓谷でのがんの増加をもたらした」というものでした。 これらの結果から,Kanawha渓谷の住民はがんの脅威に対して先入観をもっており,化学物質による健康影響の調査は どれも長期の結果としてはがんを指摘するにちがいないと考えやすくなっていることがわかりました。

結果4:情報伝達手段の問題点と参加率の低さ

 このプロジェクトでは,情報を伝える方法として,地域集会とマスメディアによる報道を選択していました。 しかし,評価結果はこれらの方法が最小限の効果しか上げていないことを示しました。 例えば,電話調査で住民集会の認知度と出席の有無についてたずねたところ,350人の回答者のうち, 地域集会について知っていたのは40人で,うち90%は集会のニュースを新聞やテレビから得ていました。 また,集会を知っていた40人のうち,集会に参加したのはわずか2人でした。出席しなかった38人に理由をたずねると, 「私に影響があるとは考えなかった(13人)」「時間がない,あるいは興味がない(10人)」「スケジュールの都合つかず(8人)」という回答がありました。

改善案1:分かりやすいメッセージの作成努力

 結果1〜3は,人々が健康調査について十分な情報を得ていないこと,健康調査結果のメッセージを人々にとって 明解で首尾一貫した分かりやすいものにする努力が必要なことを示しています。このため,フェーズ3では, 科学者や技術専門家とコミュニケーションの専門家が協力して,分かりやすいメッセージ作成に尽力しました。 また,比較的教育程度が低い人たちの関心や関与が低かったことから, これらの人々の注意をひく特別なコミュニケーション努力が必要であることも分かりました。

なぜ明解で首尾一貫したメッセージが伝えられなかったのか?

改善案2:コミュニケーション・チャンネルの強化

 結果1や結果4を受けて,コミュニケーションの研究者は学校のネットワークを使う改善案を提案しました。 その提案とは,まず地域の校長と教師たちに説明会を開き,次に,国立化学研究所から健康調査に参加していた学校に手紙を送り, 生徒にその手紙を家庭へ持ち帰ってもらうように依頼するというものでした。残念ながら, コストと時間の制約のためにこの提案は実施されませんでしたが,調査結果をマスメディアとフェーズ3の地域集会で再度伝えることになりました。

 また,多くの人々が関心をもち関与するために,地域集会の内容が自分に関連あるものと認識されなければならないこともわかりました。

なぜコミュニケーション・チャンネルの改善案は実施できなかったか

健康リスク・コミュニケーションの課題

 健康リスクのアセスメントには様々な不確実性が伴います。Kanawha渓谷の健康影響調査ではデータの解析の時間的なずれから, 以前の結果とは異なる,しかも危険性を示すメッセージを作成しなければならなくなりました。 フェーズUの健康調査の結果が発表された時,すべてのデータの解析は終わっていませんでした。 このため,高暴露地域と低暴露地域の間で呼吸器系の症状に大きな違いがあるとは報告されませんでした。 ところが,フェーズVの結果の準備中にフェーズUの集計結果にエラーがあることが発見され,結論が改訂されました。 改訂された結果によれば,フェーズUの調査のデータはより高い暴露地域に居住することが健康に影響を与えていることを示していたのです。 このため,フェーズVでの発見内容の発表に関しては,慎重に明解なメッセージが作成されました。メッセージは以下のとおりです。

健康調査フェーズVの結果
  • Kanawha渓谷の人々は,産業界に源をもつ潜在的な健康影響に関して懸念している。
  • Kanawha渓谷の化学プラントの近くに住む子どもは,これらのプラントから離れて住む子どもより,何らかの慢性および急性健康症状をより多く経験するようである。
  • 揮発性有機化合物のレベルは,渓谷内では渓谷外に比べ一貫して高い。
  • ある健康の症状(急性および慢性)は,産業活動に関連した揮発性有機化合物と関係がある。

 このように,リスク評価の結果を伝えるメッセージ作成は,リスク・コミュニケーションでもっとも重要な課題であるとともに, 常に計画・実施・評価・改善のサイクルを繰り返す必要があります。

 また,多くのコミュニケーション・プロジェクトに典型的な問題として,Kanawha渓谷プロジェクトでも以下のことが見出されています。

  • 過度に技術的な報告(フェーズU),素人には読めないのが特徴
  • 科学者と研究者がコミュニケーションを重視する意識を欠いている
  • フェーズVが見出したものを一般発表する前に新聞が報道
  • 相反する見解をもつ複数の利害関係者
  • 信頼感の欠如
  • 報告発表の遅れ


学んだ教訓

 Kanawha渓谷プロジェクトのコミュニケーション計画は,健康調査から得られた結果を分かりやすいメッセージして 多くの人々に届けるという点で有効でした。しかし,健康調査に対する人々の関心と認知度はかなり低いものでした。 コミュニケーションの努力は,重要な人々に情報を知らせるとか,地域社会の多数の人に届くといった結果からみると, 十分な成功を収めたとは言えません。より効果的なリスク・コミュニケーションを行うために,Kanawha渓谷プロジェクトは次のような教訓を提示しています。

信頼される組織と信頼されるコミュニケーターが必要

 Kanawha渓谷プロジェクトでは,国立化学研究所が重要な役割を果たしました。 人々は,この機関を,科学的な情報を提供し,住民の健康を守る責任をもった組織だとみなされ, 信頼されていました。国立化学研究所は,健康調査を行う専門家を集めると同時に, 地域社会の様々な利害関係者やコミュニケーションの専門家と連携も進めました。 リスク・コミュニケーションの成功のためには,多様な関係者が関与することが必要であり, 関係者から信頼される人や組織が仲介役として相互協力の関係づくりを促すことが求められます。  また,人々から信頼されるコミュニケーターを育成することも重要です。 Kanawha渓谷プロジェクトでは,地域住民を訓練し,彼らが地域集会で住民に説明しました。 これらのコミュニケーターは,科学者とは異なり,住民と同じ言葉で話します。 住民は,面識のあるコミュニケーターが嘘をつくとは思っていません。信頼されるコミュニケーターは, その後も地域のオピニオンリーダーとして,いろいろな場面で情報を伝えてくれる役割を果たすと期待されます。

専門家間の連携が必要

 Kanawha渓谷プロジェクトの失敗の一つは,コミュニケーション活動の導入が遅れ, 研究者たちがコミュニケーションを自分たちの技術的役割の一部だとみなさなかったために, 人々が健康調査について知らなかったり,結果を誤解してしまったりしたことです。フェーズ3では, 技術面の専門家とコミュニケーションの専門家が協働することで,人々に分かりやすいメッセージを伝達することができました。 科学者や技術スタッフがコミュニケーションの重要性を認識し,よりよい対話のための訓練を受けることや, コミュニケーション活動のために予算と時間を確保することが重要です。

明解で首尾一貫したメッセージを作成すること

 専門家やさまざまな関係者が関与して,健康リスクに関する分かりやすいメッセージを作成することが必要です。 科学的な正確さにこだわって,人々には理解できないあいまいなメッセージを発信すると,人々は誤解をしたり,関心を失ったりします。 多様な人々が関与してメッセージを作成することは,偏りを防いだり,多くの人々に理解できるようなメッセージを作成できたりする利点があります。 メッセージは,人々に関係のあることを知らせるものでなければなりません。自分に直接関係のない問題に関心をもつ人はごくわずかです。 人々が健康リスクを自分のこととして考え,リスク削減のための意思決定を支援するようなメッセージを作成しましょう。

受け手の理解について理解すること

 Kanawha渓谷周辺の人々にとって,主要な関心は,企業が排出した化学物質ががんを引き起こすのではないかということでした。 したがって,健康調査の結果を解釈する際に,化学物質によるがんの危険性にのみ注目する傾向がありました。 このような認知のバイアスを修正することは困難です。むしろ,がんへの恐怖を受け止めて,様々ながんの誘因について説明したり, 化学物質によるがん以外のリスクを伝えたりすることで,より効果的なリスク削減行動を促すことが必要です。 また,人々の関心は個人的な問題に向いており,よくわからない環境問題にはほとんど関心がありません。 コミュニケーションの努力を継続するとともに,医師などを通じて個人に関連のある情報を提供するしくみを検討し, より多くの人々を関与させることが求められます。

様々なコミュニケーション・ツールを組み合わせて使うこと

 マスメディアは多くの人々に情報を届けることができますが,疑問に答えることはできません。 どんなに工夫して作成されたメッセージでも,すべての人が正確に理解するとはかぎらない, 特にリスクの情報は理解が難しいことから,マスコミによる情報伝達では不十分です。 一方,Kanawha渓谷プロジェクトで行われた地域集会は,疑問に答えたり, 意見を交換したりすることでリスク情報の理解を助けることができますが,ごく限られた人々しか参加できません。 このように,コミュニケーション・ツールには長所短所がありますから,様々なツールを組み合わせてコミュニケーションの効果を高めることが必要です。

知らせることは懸念よりもリスク評価への理解を高める

 リスク評価を実施していると言うと,人々が不安になるのではないかと恐れる行政や企業・専門家がいます。 人々の懸念を心配するあまり,情報を出さないようにしがちですが,Kanawha渓谷の人々は,健康調査を知っても不安にはなりませんでした。 むしろ,健康調査が行われることをよいことだと考えていました。人々は知らされるから不安になるのではありません。 何かが起こっていると感じているにも関わらず,何も知らされないことが不安を強めるのです。 もちろん,どのように伝えるかは慎重に考える必要があります。どのようなコミュニケーション努力にとっても, 成功するために計画と評価が不可欠です。

 リスク・コミュニケーションの大きな目標は,よく知った上で,リスク削減行動を決定したり, リスク管理に協力したりできる人々を創り出すことです。人々に知らせることは,行政や企業のリスク管理にとっても有益なことです。




参考文献:
平石ほか『化学物質総合安全管理のためのリスクアセスメントハンドブック』丸善,1996年



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