Kanawha渓谷における環境健康リスクの
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ハーバードの健康調査の認知度は,フェーズ1で行われた90年調査とフェーズ2の後で行われた93年の フォローアップ調査で大差はありませんでした。どちらの調査結果も,健康調査のことを知っていたのは約3分の1でした。 国立化学研究所のことを知っていたのは40%程度,渓谷における毒性物質の排出に関連した他の活動については30%以下の認知度でした。
環境毒性物質と有害な健康影響との関連を調べる研究結果が,社会に懸念を生むのではないかと主張する人がいます。 しかし,Kanawha渓谷の調査結果では,研究に関わったり,研究を知っているからといって懸念が生まれるとはいえませんでした。 むしろ,健康調査を知っていた人々は,「公害が過去5年間で減ってきており,化学会社が情報を共有するための努力を増大している」 ことを,知らなかった人々よりも信じていました。これらの結果は,より多くの情報を受け, かつ関連を持つ人は実施されたポジティブなステップを認めるということを示唆しています。
結果2:健康調査結果の記憶に示されたメッセージの問題点90年10月,最初の健康調査の結果が発表されましたが,そのメッセージは一般の人々にとってわかりやすいものではありませんでした。 明確で首尾一貫したメッセージが伝えられなかったことの影響を調べるために,調査では,健康調査を知っていたと答えた123人に, 記憶している健康調査の内容を5つの選択肢の中から選んで答えてもらっています。結果は,健康調査について聞いていた回答者の 約3分の1は調査の結果を正しく記憶し,残り3分の2の人は,正しくない結果を選んだか,結果を知らないと答えた,というものでした。 もっとも多く選ばれた'正しくない'結果は,「調査ががんのリスクが増加することを示した」というものでした。
結果3:がんリスクへの懸念がんのリスクに関する圧倒的な懸念は,Kanawha渓谷の一般の住民に対するフォーカスグループ調査においてもはっきりしていました。 医師のグループでは,「患者たちは,環境汚染ががん以外に引き起こす影響やがんの原因として個人のライフスタイルがあることを 割り引いて考えている」という発言がありました。93年の調査では,健康調査の結果についてもっとも多かった誤解は, 「化学会社からの汚染が渓谷でのがんの増加をもたらした」というものでした。 これらの結果から,Kanawha渓谷の住民はがんの脅威に対して先入観をもっており,化学物質による健康影響の調査は どれも長期の結果としてはがんを指摘するにちがいないと考えやすくなっていることがわかりました。
結果4:情報伝達手段の問題点と参加率の低さこのプロジェクトでは,情報を伝える方法として,地域集会とマスメディアによる報道を選択していました。 しかし,評価結果はこれらの方法が最小限の効果しか上げていないことを示しました。 例えば,電話調査で住民集会の認知度と出席の有無についてたずねたところ,350人の回答者のうち, 地域集会について知っていたのは40人で,うち90%は集会のニュースを新聞やテレビから得ていました。 また,集会を知っていた40人のうち,集会に参加したのはわずか2人でした。出席しなかった38人に理由をたずねると, 「私に影響があるとは考えなかった(13人)」「時間がない,あるいは興味がない(10人)」「スケジュールの都合つかず(8人)」という回答がありました。
改善案1:分かりやすいメッセージの作成努力結果1〜3は,人々が健康調査について十分な情報を得ていないこと,健康調査結果のメッセージを人々にとって 明解で首尾一貫した分かりやすいものにする努力が必要なことを示しています。このため,フェーズ3では, 科学者や技術専門家とコミュニケーションの専門家が協力して,分かりやすいメッセージ作成に尽力しました。 また,比較的教育程度が低い人たちの関心や関与が低かったことから, これらの人々の注意をひく特別なコミュニケーション努力が必要であることも分かりました。
なぜ明解で首尾一貫したメッセージが伝えられなかったのか?結果1や結果4を受けて,コミュニケーションの研究者は学校のネットワークを使う改善案を提案しました。 その提案とは,まず地域の校長と教師たちに説明会を開き,次に,国立化学研究所から健康調査に参加していた学校に手紙を送り, 生徒にその手紙を家庭へ持ち帰ってもらうように依頼するというものでした。残念ながら, コストと時間の制約のためにこの提案は実施されませんでしたが,調査結果をマスメディアとフェーズ3の地域集会で再度伝えることになりました。
また,多くの人々が関心をもち関与するために,地域集会の内容が自分に関連あるものと認識されなければならないこともわかりました。
なぜコミュニケーション・チャンネルの改善案は実施できなかったか健康リスクのアセスメントには様々な不確実性が伴います。Kanawha渓谷の健康影響調査ではデータの解析の時間的なずれから, 以前の結果とは異なる,しかも危険性を示すメッセージを作成しなければならなくなりました。 フェーズUの健康調査の結果が発表された時,すべてのデータの解析は終わっていませんでした。 このため,高暴露地域と低暴露地域の間で呼吸器系の症状に大きな違いがあるとは報告されませんでした。 ところが,フェーズVの結果の準備中にフェーズUの集計結果にエラーがあることが発見され,結論が改訂されました。 改訂された結果によれば,フェーズUの調査のデータはより高い暴露地域に居住することが健康に影響を与えていることを示していたのです。 このため,フェーズVでの発見内容の発表に関しては,慎重に明解なメッセージが作成されました。メッセージは以下のとおりです。
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このように,リスク評価の結果を伝えるメッセージ作成は,リスク・コミュニケーションでもっとも重要な課題であるとともに, 常に計画・実施・評価・改善のサイクルを繰り返す必要があります。
また,多くのコミュニケーション・プロジェクトに典型的な問題として,Kanawha渓谷プロジェクトでも以下のことが見出されています。
Kanawha渓谷プロジェクトのコミュニケーション計画は,健康調査から得られた結果を分かりやすいメッセージして 多くの人々に届けるという点で有効でした。しかし,健康調査に対する人々の関心と認知度はかなり低いものでした。 コミュニケーションの努力は,重要な人々に情報を知らせるとか,地域社会の多数の人に届くといった結果からみると, 十分な成功を収めたとは言えません。より効果的なリスク・コミュニケーションを行うために,Kanawha渓谷プロジェクトは次のような教訓を提示しています。
Kanawha渓谷プロジェクトでは,国立化学研究所が重要な役割を果たしました。 人々は,この機関を,科学的な情報を提供し,住民の健康を守る責任をもった組織だとみなされ, 信頼されていました。国立化学研究所は,健康調査を行う専門家を集めると同時に, 地域社会の様々な利害関係者やコミュニケーションの専門家と連携も進めました。 リスク・コミュニケーションの成功のためには,多様な関係者が関与することが必要であり, 関係者から信頼される人や組織が仲介役として相互協力の関係づくりを促すことが求められます。 また,人々から信頼されるコミュニケーターを育成することも重要です。 Kanawha渓谷プロジェクトでは,地域住民を訓練し,彼らが地域集会で住民に説明しました。 これらのコミュニケーターは,科学者とは異なり,住民と同じ言葉で話します。 住民は,面識のあるコミュニケーターが嘘をつくとは思っていません。信頼されるコミュニケーターは, その後も地域のオピニオンリーダーとして,いろいろな場面で情報を伝えてくれる役割を果たすと期待されます。
Kanawha渓谷プロジェクトの失敗の一つは,コミュニケーション活動の導入が遅れ, 研究者たちがコミュニケーションを自分たちの技術的役割の一部だとみなさなかったために, 人々が健康調査について知らなかったり,結果を誤解してしまったりしたことです。フェーズ3では, 技術面の専門家とコミュニケーションの専門家が協働することで,人々に分かりやすいメッセージを伝達することができました。 科学者や技術スタッフがコミュニケーションの重要性を認識し,よりよい対話のための訓練を受けることや, コミュニケーション活動のために予算と時間を確保することが重要です。
専門家やさまざまな関係者が関与して,健康リスクに関する分かりやすいメッセージを作成することが必要です。 科学的な正確さにこだわって,人々には理解できないあいまいなメッセージを発信すると,人々は誤解をしたり,関心を失ったりします。 多様な人々が関与してメッセージを作成することは,偏りを防いだり,多くの人々に理解できるようなメッセージを作成できたりする利点があります。 メッセージは,人々に関係のあることを知らせるものでなければなりません。自分に直接関係のない問題に関心をもつ人はごくわずかです。 人々が健康リスクを自分のこととして考え,リスク削減のための意思決定を支援するようなメッセージを作成しましょう。
Kanawha渓谷周辺の人々にとって,主要な関心は,企業が排出した化学物質ががんを引き起こすのではないかということでした。 したがって,健康調査の結果を解釈する際に,化学物質によるがんの危険性にのみ注目する傾向がありました。 このような認知のバイアスを修正することは困難です。むしろ,がんへの恐怖を受け止めて,様々ながんの誘因について説明したり, 化学物質によるがん以外のリスクを伝えたりすることで,より効果的なリスク削減行動を促すことが必要です。 また,人々の関心は個人的な問題に向いており,よくわからない環境問題にはほとんど関心がありません。 コミュニケーションの努力を継続するとともに,医師などを通じて個人に関連のある情報を提供するしくみを検討し, より多くの人々を関与させることが求められます。
マスメディアは多くの人々に情報を届けることができますが,疑問に答えることはできません。 どんなに工夫して作成されたメッセージでも,すべての人が正確に理解するとはかぎらない, 特にリスクの情報は理解が難しいことから,マスコミによる情報伝達では不十分です。 一方,Kanawha渓谷プロジェクトで行われた地域集会は,疑問に答えたり, 意見を交換したりすることでリスク情報の理解を助けることができますが,ごく限られた人々しか参加できません。 このように,コミュニケーション・ツールには長所短所がありますから,様々なツールを組み合わせてコミュニケーションの効果を高めることが必要です。
リスク評価を実施していると言うと,人々が不安になるのではないかと恐れる行政や企業・専門家がいます。 人々の懸念を心配するあまり,情報を出さないようにしがちですが,Kanawha渓谷の人々は,健康調査を知っても不安にはなりませんでした。 むしろ,健康調査が行われることをよいことだと考えていました。人々は知らされるから不安になるのではありません。 何かが起こっていると感じているにも関わらず,何も知らされないことが不安を強めるのです。 もちろん,どのように伝えるかは慎重に考える必要があります。どのようなコミュニケーション努力にとっても, 成功するために計画と評価が不可欠です。
リスク・コミュニケーションの大きな目標は,よく知った上で,リスク削減行動を決定したり, リスク管理に協力したりできる人々を創り出すことです。人々に知らせることは,行政や企業のリスク管理にとっても有益なことです。
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