組織と社会との関係における倫理的問題

 組織は小さな社会であり,その中には一般的な社会的倫理とは違った意味での倫理,行動を判断する規準があります。 リスク・コミュニケーションを実施する上では,組織の判断基準を十分考慮する必要があります。 そうしなければ,組織的課題で述べたような問題に直面することになるでしょう。(⇒ 組織的課題)

 しかし,組織の判断基準は社会的倫理と常に一致するものではありません。 社会的倫理と組織の基準が異なったときにこそ,倫理的問題が生じます。 特に,リスク・コミュニケーションで起こる対立は,代表者と受け手の選び方と情報提供の方法についてです。



代表者と受け手の選び方

 どのような組織でも、外部に対してだれが組織を代表するか、どのように情報提供を準備するか、どのように情報を作成し、 発表するかについての規則があります。しかし,人々が最高責任者が説明にくるべきだと考えている場合に,一介の工場長が出向いたら, 問題が起きるのは必至です。あなたやあなたの組織がどのようなリスクを説明しようとしているのか,受け手の感情や理解力はどの程度か, あなたの組織は信頼されているかなどを考慮して,適切な代表者を選ぶ必要があります。これは,組織の判断基準だけでなく, 人々の判断基準(社会的倫理)にも見合う人を代表者とするということです。

 一般的には,受け手によって適しているコミュニケーターは次のように分類されます。

人々が技術的な問題に関心をもち、組織が特別に嫌悪されておらず、リスクについての最低限の基礎的理解がある場合 ………… 専門家がよい。ただし話し方のトレーニングが必要
人々が責任問題に関心をもち、組織はあまり歓迎されておらず、リスクについての基礎的理解がある場合 …………… リスク管理の責任者がよい。話し方とともにリスク評価についてトレーニングを受ける
マスコミなどへの情報提供に関心があり、組織が特に嫌悪されておらず、リスクについての理解がほとんどない場合 ………… 広報担当者がよい。リスク評価について学ぶことが必要。


 もうひとつの問題は,「誰に話すべきか」ということです。一般に,人々は具体的なリスクに直面しないかぎり, リスクへの関心は低く,ほとんど明確な意見をもっていません。そこで,あなたやあなたの組織は, 伝えたいと考えるリスクに関心をもつ環境団体や市民団体に意見をたずねるかもしれませんが、 それらの集団が影響を受ける人々を代表しているかどうかをよく検討しなければなりません。 影響を受ける人々を十分代表していなかった場合,またそれらの集団が影響を受ける人々に適切に情報を伝えてくれなかった場合, あなたの組織は人々の意見を聞かなかったとして非難されかねないからです。 リスク・コミュニケーションでは受け手の分析が重視されます。それは,コミュニケーションを効果的に進めるための要件ですが, 同時に,あなたの組織が誰の意見を聞かなければならないか,誰が知る権利と意見を述べる権利をもっているかを見極めることでもあります。



情報提供の方法

 組織の考え方におけるもうひとつの問題は、情報の提供の早さと範囲についてです。

情報提供の早さ

 情報の受け手というのは、一般にできるだけ早くできるだけ多くの情報を要求します。 しかし、組織はしばしば、できるだけ少ない情報をできるだけ遅く出そうとします。第一の理由は、早い段階での情報や、 リスクが認められてすぐ収集された情報は、必要な科学的検証を経ていない不確かなものであるということです。 第二の理由は、多くのリスク情報は秘密扱いであったり、経済的な影響を懸念されたりするというものです。 けれども、倫理的に考えて、リスクに直面する(かもしれない)人々に、科学的に不確かであるとか、国家的利益とか、 組織の経営問題を理由に情報を提供しないということが許されるのでしょうか?  あなたが提供しようとする情報が、科学的には不確かであるけれども重大な警告を含んでいるかもしれないことを忘れてはなりません。

 リスク・コミュニケーションの基本原則は、できるだけ早く多くの情報を提供することです。 あなたは、組織や法律や受け手からの要求に基づいて、いつ、どの程度の情報を提供するかを決めなければならないでしょう。 しかし,人々には知る権利があることを常に忘れてはいけません。もし,あなたがリスクに直面する人々であったなら, どのくらい早くどれだけの情報を必要とするかを考えてみましょう。 また,迅速な情報提供は,リスク管理に対する組織の真摯な態度や社会的責任を示すものさしであることも忘れてはなりません。



情報提供の範囲

 情報提供の範囲に関しては、検討段階の情報をどう扱うか、どこまでの情報を保管し開示要求に応えていくかという問題があります。 検討段階の情報は、あいまいで不確かな情報を含んでいるだけでなく、個人的な意見が書き込まれていたりします。 外に発信する情報を作成するために、何度もドラフトが作成されるでしょう。これらは通常、外部に出て行きませんが、 訴訟問題などが起こった場合、残っている資料はすべて証拠として利用されるかもしれません。 従って、問題は、組織がファイルして残す情報の量を制限すべきか、この制限は検閲という形をとるべきなのかということになります。

 このように考えると、組織としては、都合のよい情報だけを保管したいと思ってしまうかもしれません。 しかし、事例研究によれば、多くの人々は、たとえ'最適な'結論でも一つしかない選択肢を受け入れるように求められることを嫌います。 なぜなら、その唯一の'最適な'結論は、あなたやあなたの組織の判断基準によってもたらされたものだからです。 もし、あなたの組織が人々から信頼されていれば、あまり問題はないでしょう。 しかし、信頼を得ていない場合、人々は、人々が重要だと思う基準で複数の選択肢を比較検討することを求めてきます。 このとき、あなたやあなたの組織が様々な選択肢を、いろいろな角度から検討したことを示す書類があれば、 人々はなぜあなたの結論が'最適'なのかについて理解することができるでしょう。

 情報提供の範囲に関する組織の判断基準は,伝えやすいもの,わかりやすいもの,最終的な結果であるかもしれませんが, このような基準で選ばれる情報は,あなたの組織がいかにリスクについて真剣に検討し,人々に配慮しているかを示すものではありません。 途中段階の情報を開示していくことは,情報の透明性を高めるとともに,社会(人々)に対して, いかにあなたの組織がリスク管理の責任を果たそうとしているかを示すことでもあるのです。



 あなたは、個人の倫理と組織の考え方が相反する場面に直面するかもしれません。
 例えば、あなたの組織が、多くの人を傷つけたり死に至らしめたりするかもしれないリスクに関する情報を無視するように、 さらに悪いことにはそれを隠すように頼んでくるかもしれません。あなたは組織の情報を外に出さないという誓約書に署名をしているかもしれません。
 組織を(そしてあなた自身の仕事を)守るためにこの要求に耳を傾けるべきなのでしょうか? 
 それとも、あなたの良心の声に従って、リスク情報を伝えるべきなのでしょうか?
 こういったジレンマに直面したとき、あなたには2つの選択があります。
 組織の指示に従うか、問題を認識し注意を払うにふさわしいと考えてくれる仲間を探すかです。 捜し当てた仲間が同じ組織のより高い地位にいるマネージャーであれば最良でしょう。  あるいは、あなたの組織よりも広い視野をもった外部機関に仲間を見つけることもできるでしょう。 あなたの抱えている問題を扱ってくれる制度や組織がないかを探し,相談しましょう。
 最後の選択肢はマスコミに話すことです。これは、一時的にあなたを有名人にするかもしれません。
 法律は,マスコミに情報を流したことを罰する規定を持っていません。
 しかし、マスコミに話すということはあなたの職歴に破滅的な結果をもたらすかもしれないことを覚えておきましょう。 人と人とのつきあいと同様に,組織というものは,別の組織のことであっても、組織に大きなダメージを与えた人物を信頼しようとはしないでしょう。



参考文献:
Lundgren, R. Handbook of Risk Communication
キーワード:リスク・コミュニケーション、倫理
関連項目:
関連サイト:



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