信頼の重要性



あなたは、見知らぬ人の言葉に従って、あなたの健康や生活環境に影響を与えるような行動をするでしょうか?  行政や企業がリスク・コミュニケーションをする場合、期待したほどうまく進まない場合があります。 その大きな原因としてあげられるのが「信頼の欠如」です(文献1)。

住民や消費者が不安に思っているのは、科学技術の副作用や自然災害といった対象の物理的性質だけではありません。 むしろ、それを管理する人や組織が信頼できるのかを気にかけている場合が多いのです。

ここでは、「信頼を構成するもの」「信頼を得るために必要なこと」について考えてみましょう。

信頼を構成するもの

あなたは、どんな人を信頼しますか?
 調査によれば、人がある問題に関して誰かを「信頼している」と言うときには、大きく2つの要素を考えているそうです。
ひとつは「その人が問題に対応できる能力をもっているかどうか(能力への期待)」であり、もうひとつは、 「その人は問題に関して誠実に対応するかどうか(意図への期待)」です。

例えば、能力への期待は、あるリスクを行政や業界が適切に管理し、災害を防ぐ知識や技術があるのか、という評価です。 意図への期待は、行政や業界には、住民・消費者のこと真摯に考えて、被害を防ごうという意思があるのか、という評価です。

もし、行政や企業がしっかりリスクを管理できないと思われていると、いくらコミュニケーションを工夫しても、 住民や消費者の不安はおさまらないでしょう。一方、能力があっても「行政や企業は経済的な便益を重視して、 消費者の安全性をないがしろにしている」と思われていれば、人々は耳を貸さないばかりか、コミュニケーション自体が成立しないでしょう。
能力や意図への期待が信頼に影響を与えることを示すデータとして以下のようなものがあります。



信頼を得るために必要なこと


能力への期待を高めるには

 能力への期待が低い場合、いかに住民・消費者のことを気にかけているかがうまく伝わったとしても、信頼には影響を及ぼさないかもしれません。
行政や企業ができることは「リスク・マネジメント能力を持っていることを示し続けること」、つまり問題を起こさないこと、 万一問題が発生した時に適切な対応をすることです。このように、時間をかけた実績の積み重ねなくして信頼を得られないことから、 しばしば「信頼は一瞬にして失われるが、信頼されるには長い時間がかかる」と言われるのです。
また、問題発生時の対応では、住民や消費者の理解と協力が必要な場合があるため、日常からリスク・コミュニケーションを行って、 リスクについての人々の理解を高め、リスクの回避や低減方法について十分話し合っておくことが求められます。


意図への期待を高めるには

 信頼にかかわるリスク・コミュニケーションのミスマッチとしてしばしば見受けられるのは、住民・消費者が行政・業界側の意図に 懸念をもっているのに、行政・企業側が能力面についてのアピールしかしない状況です。
 このような場合、高い科学技術水準を持ってリスク管理していることを強調してもあまり意味がありません。 「信頼してください」と連呼しても効果はありません。行政や企業が示さなければならないことは、 「住民・消費者側の安全/利益確保がどう図られているか」です。
 例えば、行政や企業の意思決定プロセスや判断基準を開示して住民・消費者の監視を受けること、 責任の所在を明らかにして不正や不誠実な行為があった場合に誰が制裁を受けるのかを明示することです。 このように、「何をやっているかを監視でき、変なことをやっていたら即処罰が下される」という状況下であれば、 行政や企業も住民・消費者の不利益になるようなひどいことはしないだろう、と評価されやすくなります。 近年の情報公開制度や住民参加の進展はこの流れに沿ったものであり、人々に安心感を提供する仕組みといえます。


孫悟空の輪と信頼

 三蔵法師は孫悟空が忠義者だと考えて信頼しているわけではりません。 彼には,もし孫悟空が悪事を働ければ罰を与えることができるという手段があるので,孫悟空はあえて罰を受けるような行為はしないだろうと、 ‘意図への期待’を持っているのです。


自発的な取り組みの重要性

 ただし、安心感を提供する仕組みにおいては、行政・業界側の自発性が重要です。 つまり、要求されてから仕方なく受け入れるようでは、「本当に住民や消費者の安全を重要視しているのか」と疑われてしまい、 意図への期待は改善されない可能性があります。自ら情報公開をし、責任の所在を明確にすることが意図への期待を改善し、信頼を高めます。
 しかし、情報公開や責任の所在の明確化を信頼向上のための道具と考えるべきではありません。 これらは、「正直に、誠実に」というリスク・コミュニケーション本来の価値の実践であり、 結果として信頼改善にも結びつきうると捉えられなければなりません(文献3)。


信頼は双方向のもの

 もうひとつ重要なことは、「信頼とは双方向のものである」という点です。あなたは、自分を信頼してくれない人を信頼するでしょうか?  しばしば行政や企業あるいは専門家は、住民や消費者に対して「信頼してください」という一方で、「人々は何も理解できない」 とか「非合理的で感情的だ」とか「小さなリスクに対して理不尽な要求をする」と考えている場合があります。 他方、これまでの様々な事件や事故の経験から、人々は行政や企業や専門家を単純に信頼できなくなっていますし、 提供される情報への不満ももっています(文献4)。このような状況では、お互いのメッセージがうまく伝わらないのは当然で、 信頼関係を築くことは困難です。
これを打開できるのは、リスク情報を提供する立場にある行政・企業・専門家ではないでしょうか。 リスク・コミュニケーションの第一歩を踏み出すことは、信頼構築への第一歩でもあるのです。




文献1:Cvetkovich & Lofstedt 1999 Social Trust and the Management of Risk, Earthscan.
文献2:山岸俊男 1998 信頼の構造 東京大学出版
文献3:中谷内・渡部 2002「信頼の構築 −人質供出の自発性による信頼関係の形成−」日本社会心理学会第43回大会発表論文集,pp.110−111。
文献4:土屋智子・小杉素子 2000 「暮らしの中の科学技術の情報環境とリスク認知に関する調査報告書     −回答者属性によるクロス集計結果−」電力中央研究所研究調査資料No.Y00903



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